「それでもボクはやってない」
2007-02-16


(ネタバレありです)

観てきました。
ドラマとしては物足りないかもしれません。
しかし周防監督は、撮影時から、この映画の主人公は裁判だと言っていたそうです。
日本の裁判の余りの理不尽さを知り、何よりもその実態をしっかりと描きたいと思ったのでしょう。
それに集中するために、普通ならドラマの展開として考える、主人公を助ける家族や友人の話も極力省きたくて、主人公を独身男性にした、ということですから。

一番の問題は、この映画の中で描かれていることが、誇張でも何でもなく、事実だと言うことーー裁判所の中で普通にゴロゴロ転がっている、当たり前のことだという事が、観客にストレートに伝わっているか、ということではないでしょうか?
この作品にとっては、ドラマだから、とか、誇張があるのだろう、とか思われたら失敗、ということなのだと思います。

とにかく自分たちの思うように事件を片づけることしか頭になく、そのためには平気で被害者や目撃者に嘘をつかせ、自らも公判の中で嘘をつく刑事たち。
それらをチェックする筈の検察官も裁判官も全く同じ。

無罪と推計されるなら無罪としなければならず、有罪とするには決定的な証拠が求められるはずなのに、実際にはその逆で、有罪と推計されるなら有罪とされ、無罪となるにはそのために決定的な証拠を求められるのが日本の裁判の実態なのです。

この映画の中でも、主人公が受ける判決の根拠は推計に基づくものばかりで、無罪とする確証がないことを理由に主人公は有罪とされてしまいますが、昨年の12月に「名張毒ぶどう酒事件」の再審請求を退けた名古屋高裁の判決理由も正しく、これと同様のものでした。
弁護側が、警察が示した有罪の根拠はおかしい、という有力な証拠を提示したのに対し、いや、こういう可能性もあるから犯人でないとは断定出来ない、とし、無罪とすべき確証がないことを理由に再審請求を却下したのです。

この映画で描かれていることは誇張でも何でもなく、この日本では当たり前の事実だということ。
この映画の欠点があるとすれば、その事実をそのままに描くことに注力し、フィクションと取られることを恐れる余り、ドラマツルギーによって真実を抉る、という常套手段を取れなかったことにあるのかもしれません。
ある意味、この映画は観客に想像力を要求するのです。
これは実際に、明日にでも自分の身に起こっても何の不思議もないことなのだ、という。
[映画]

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